プライムタイムズ

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やっぱり社蓄って素晴らしい

 イナゴは、環境によってその姿を変化させ、営みをがらりと変えるという点で、他のバッタ類と区別される。緑色で覆われた体は茶色っぽくなり、羽は巨大化し、行動範囲がずっと広がっていき、やがて集団行動を始めて、草木を食べつくすのだ。広大な土地を有する中国では、歴史的にこうした被害を「蝗害」と呼び、人々から恐れられてきた。大規模な大雨や干ばつが起こると、バッタの大量発生によって農作物を食い荒らされ、農村に暮らす人を苦しめてきたのだ。この種類のバッタは、通常は普通のバッタと同じように、単独で暮らしているが、近くに仲間が増えてくると、急に行動様式を豹変させるのである。それは仲間が接近することで刺激が与えられ、神経伝達物質であるセロトニンが生産されることによって起きる。セロトニンは、イナゴの脳内を刺激し、行動を活発化させ、仲間を集めるようになる。結果、また近くのイナゴが刺激されることによって、セロトニンが生産される。こうして連鎖反応が生じ、しばらくすると、辺りにいるイナゴがすべて互いに仲間を求めるようになるのだ。最初は地上を進み、のちには空中を飛んで、そうしながら他のイナゴを次々と集めて、大きな群れを作り、最終的には1000億匹ものイナゴが100平方キロメートル以上に渡って広がり、それぞれが二カ月あまりの一生のうちに、毎日自分の体重ほどの餌を食べるのである。イナゴの群れを作り出しているエネルギーの一つは、自分が「食べられたくない」という欲求であり、一定の距離を保ちながら必死に前を行くイナゴを追いかけているのだ。

 

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  さて、2010年あたりから、ノマドワーカーという働き方が注目を浴びるようになったことは記憶に新しい。ノマドワーカーとは、いわゆる会社勤めとは異なり、タブレット端末一つで、スターバックスなど、オフィス以外の様々な場所で働く人々のことをさすが、この言葉が一般的になったのは、ノマドワーカーの先駆者と評された安藤美冬の活動が知られるようになり、彼女がブログの収入だけで生活するようになった経緯が書かれた「ノマドワーカーという生き方」という本が出版された2012年頃に本格化した。会社勤めの人間たちは、日々会社のために馬車馬のように働き、仕事後には、居酒屋で上司から叱咤激励を受け、さらには聞きたくもない上司のカラオケに付き合わされながら、帰りの電車で眠たい目をこすり、この本を読んでノマドワーカーを目指したー、かどうかはわからないけれど、社畜とは異なる一つの働き方の在り方として広く知れ渡った。

 

 日本FP協会が毎年調査する小学生の「将来なりたい職業」2017年度の調査では「ユーチューバー」が男子6位にランクインした。これも広義の意味でノマドワーカーに含まれるかどうか定かではないが、少なくとも会社勤めとは異なるネットビジネスの一環と言えるだろう。彼らの収入源は、主に広告収入であり、1再生あたり、0.1円くらいが相場のようである。「ユーチューブ」がブームになると、素人がこぞって参入し、既存のテレビ番組に飽きた若年層を中心に広がった。これはインターネットの普及により、メディアのあり方が変わったということだけではなく、昨今叫ばれているコンプライアンス順守によって、テレビ番組が、より保守的でつまらなくなっていることを原因として、その隙間を埋めるように、人気を博したのかもしれない。筆者は、過激な作品や、素人が部屋の中でごちゃごちゃしながら撮影している作品に何の面白みも感じないけれど、とにかく多くの人を惹きつけていることは事実である。

 

  しかし近年、参入者が増えるのと同時に、視聴者に飽きられないために、一部の配信者は、再生数を稼ぎ出すために、より内容をアグレッシブに、そして危険なものにしてきた。それと同時に、若い世代をますます惹きつけ、テレビとは違う「面白さ」を提供してきた。そんな中で、有名な配信者のアカウントが停止される事件が起きた。これはちょっとした話題になって、配信者自身がコメントを出すまでの事態になった。今回のアカウント停止は、ユーチューブのガイドラインの変更が主な原因だ。ユーチューブは、16日、重大な被害を招く恐れのある、有害で危険がコンテンツを禁じる方針を示した。その配信者は以前、体に影響を及ぼすような動画を投稿しており、規約違反に抵触していたようである。ユーチューブ社からガイドライン違反の警告を3回受けると、自動的にアカウント停止になるらしい。そうした中でその配信者は、次のような警鐘を鳴らした。「ユーチューブの規制が厳しくなる中、普通にやっているだけでは大物になれないし、ぼくたちに勝つこともありえないと思う。その意味でもう新たな大物は生まれないと思うし、広告もいずれ撤退する。向こう2年ほどでビジネスは衰退する。絶対にならないほうがいい」と明かしたのだ。

 

 人は皆、他人の成功を見て、まねするようにその場所に集まっていく。そうした群れは、一つの方向を目指し、大きなうねりとなって新しいビジネスを創造する。その背景となる理由は「一攫千金という夢」なのだと思うけれど、その行動によって新陳代謝が促され、新たな価値が形成され、やがて規制が作られるという通常の経済サイクルでよく見られる現象だ。これは同時に、多くの人が凌ぎを削る世界で戦っても、効率が悪いことを我々に教えてくれる。実際すでにそのフィールドで勝っている人は、新規参入者より遥かに前を走っていて、よほどの才能がなければ、その前にでることは難しい。努力やチャレンジというものは、誰もやっていないような分野でやることこそ、価値があるのだ。

 

 現代は、働き方も画一的ではなくなってきて、大企業に就職できれば一生安泰というわけではなくなった。若い人は、様々な可能性があるなかで、徐々に会社のために働くということに価値観を見出せない人が増えてきている。そのなかで誕生したものが、ノマドワーカーであり、ユーチューバーなのであろう。さらに働き方改革などが進む中で、命を削って深夜まで会社に残って、仕事をするような時代ではなくなった。 

 

 では会社勤めは選択肢からはずしたほうがいいのだろうか。もちろん個人で自由に生きることは素晴らしいことで、それが可能なのであれば、それを目指すことに何の疑問もない。でも筆者は、個人で生きるという生き方はリスクが高いということを大人がアドバイスしてあげるべきなんではないかと思う。さらに、みんなが一斉に同じ場所を目指すようになると、当然ながら競争は激しくなる。つまり、先頭のイナゴは、潤沢に草木が用意されているけれど、後ろになればなるほど、その残された食物は少なくなっていく。そう考えていくと、希少価値が高いものを選択したほうがいいことは、どの分野でも同じことだ。そうしたわけで、ユーチューバーのようなネットビジネスを手がける人が脚光を浴びて、大成功を収めたのだ。そういう視点で考えていくと、いま世の中で希少価値が高いのは、逆に社畜ということになる。昔のように転職に対して、負のイメージがなくなった現代では、選んだ会社が嫌になったらいつでもやめられる。しかも社蓄の生き方は、世の中から守られるようになってきている。それは長時間労働に対して、会社の厳しい監視や、世論の批判があるため、昔と比較して、相対的に働きやすくなってきているのは間違いない。これは労働者としての権利を最大限に生かすことができるだけでなく、給料をマキシママイズするチャンスを秘めていることを示している。

 

 セロトニンの分泌を促されて、先に存在するかもわからない「大金」を目指して一緒に飛び立つのではなくて、そこで一度立ち止まり、目の前の草木をむさぼり食べたほうがよかったりする。そんなイナゴが求められているのだと思う。  最近、自分の背中が黒っぽくなってきて、まさかこれはセロトニンに影響されてきたかと思っていたら、単なるゴルフ焼けだった。

 

 なんか楽して儲けられる方法ないかなぁ。