プライムタイムズ

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縦割り構造を失った会社は機能するのだろうか?

 人類の歴史は、戦争の歴史といっても過言ではないほど、いつの時代でも、またいたる地域で覇権争いが存在する。現代でもそれは続いていて、どこかで小さいな小競り合いは日々起きている。その理由は様々で、最も一般的なものは、資源・食料を他者から奪うことによって、豊かになりたいという人間の欲望だろう。資本主義の社会は、多かれ少なかれ、競争を勝ち抜かなければ、自分の求めることを叶えることができない。一方で競争を勝ち抜くことによって、権力を掴むことが可能となり、欲するものを手にすることできるのだ。

 

 こうした権力争いは、サルの世界が一番わかりやすい。動物園のサルを眺めて見ると、野性とはまた違った権力構造が存在する。ニホンザルの社会は、第一位オス(ボスザル)を中心に組織する「同心円構造」が特徴である。多くのオスが、若い頃からボスザルになることを望み、戦いの末にその地位を得るのだ。見事ボスザルになることができれば、食事もふんだんに取れて、沢山のメスザルと交尾することが可能だ。その一方で、ボスザルは、争いごとを止めさせたり、発情期に群れ周辺に現れて、メスを狙う離れオスを威嚇して追い払い、群れの秩序を守る役割を担っている。こうした上下関係が、組織の規律を維持するためには必要なのだ。

 

 動物園で、ボスの座に上るのは、通常、遺伝的に優位にある強いメスの家系に生まれ、そのまま群れに留まって母ザルや強いパートナーに守られて育ったオスだ。これは人類の歴史をふり返ると簡単に理解できるが、どこの国の王朝でも王の子供が王になるケースが一般的で、派閥争いはあくまで親族内で行われる。一方で、野生の世界では群れを離れた大人のオス、すなわち遺伝的優位性がないオスは、交尾期に他の群れを脅かす存在となるが、餌付けされた園では、離れオスが群れで市民権を得るケースはまれなのだそうだ。つまり離れオスが、力で遺伝的優位なオスを出し抜くのは、動物園では難しいことを示している。いずれにせよ、どのサルも権力構造のトップに座ることを夢見ながら日々過ごしているのだ。サルから進化した人類にもこうしたメカニズムは、遺伝子の中に含まれていることだろう。

 

 ところが、最近の人間社会では不思議な現象が起きている。それはブログ『やっぱり出世はしたほうがいい - プライムタイムズ』で書いたように、権力構造の上位になるための出世を望まない人が増えていることだ。管理職になっていない会社員の6割は、管理職になりたくないと考えているらしい。調査は、役職についていない社員らに絞って行われ、昇進への考えを聞き、「管理職以上に昇進したいと思わない」が61.1%で、「管理職以上に昇進したい」は38.9%という結果になったそうである。昇進を望まない理由は、「責任が重くなるから」が71.3%と最大であったようだ。これは進化の過程で、権力を望むようにプログラムされた人類が、大きな変化に直面しているということなのだろうか。

 

 こうした現象は、別の視点からも見て取ることができる。世界価値観調査では、「将来の変化に対して、権威に対する尊敬が高まることがよいことだと思うか」という設問について、60カ国平均では、「よいことだ」という回答が55.1%で、「悪いことだ」という回答が13.1%となっているのに対して、日本は「よいことだ」が7.1%に過ぎず、「悪いことだ」が74%にもなっているのだそうだ。これはサルの世界で言えば、自らボスザルになることを放棄したサルが増えているといえる。その理由として、給料やタイトルという見返り以上に責任が重くなっているからかもしれない。

 

 日本人が不思議なのは、これほど権威に対して嫌悪感があるにも関わらず、そして見返りが小さくなっているにも関わらず、フランスで最近起きているような抗議デモまで発展していないことだ。 フランス・パリでの「黄色いベスト」運動は、日本でも伝えられているが、マクロン大統領の増税、リストラ路線に反対するもので、燃料費増税が直接のきっかけである。デモが行われたパリ中心部では、「黄色いベスト」を着た人に街は埋め尽くされ、現代版のフランス革命ともいうべき規模で発生している。

 

 日本では歴史的に王政討伐のようなことは経験しておらず、権威は嫌いだけど、権威を打ち倒すようなことも起きない。上下という縦割りの関係よりも、フラットな関係のほうが居心地がよく、トップダウンで従うのではなく、皆で決断したいという感覚は、日本社会に根付いているのだろう。だからこそ、リーダーという存在に対して危機感を覚えるのだろうし、それと同時に上に立つものを打ち負かすようなアグレッシブな行動は気が引けるのかもしれない。

 

 権力が嫌いで、その権力に抵抗することも嫌いという日本人は、ここからどこに向かうのだろう。そんなことを思いながら、筆者は上司の出張土産を選んでいる。小さな島のボスザルを目指すことはそんなにいけないことなのだろうか。

 

 

参考文献 

【四国の議論】サル山の「ボス争い」はどうやって起きるのか…なぜか重なる“政権交代”と人間の選挙イヤー(2/5ページ) - 産経WEST