プライムタイムズ

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映画『ファウンダー/ハンバーガー帝国の秘密』を観て思ったこと

 レイ・クロックは、マクドナルドコーポレーションの創業者で、マクドナルドをフランチャイズ化して、世界34カ国で8300店舗を展開し、世界最大のファストフードチェーンに仕立て上げた人物として知られ、生涯で5億ドルの富を築いた。日本国内でも絶大の影響力があり、多くの起業家を目指す人々の夢をかきたてている。だがその半生は、順風満帆というわけではなかった。そんな彼の成功までのヒストリーを描いた作品が、『ファウンダー/ハンバーガー帝国の秘密』という映画だ。


 レイ・クロックは、もともと自分で様々なものを開発しては特許を取得して、商品を売り歩いて生計を立てていた。52歳のレイは、シェイクミキサーのセールスマンとして中西部を訪問販売していたが、売上はいまひとつ伸び悩んでいた。そんなある日、一つのドライブインから、ミキサーの大量注文が届くところから物語は始まる。発注元がどんな店なのか興味をもったレイは、ディックとマックが経営するハンバーガーショップマクドナルドに向かったのだった。


 兄弟の案内で店を見たレイは、調理から配膳まで非常に効率化されたシステム、そして従業員のモラルの高さに驚いたと同時に、壮大なフランチャイズビジネスを思いつき、兄弟を説得して契約を交わすことに成功する。そのとき兄弟は、「経営内容を変更するときは、必ず自分たちの許可をとること」を条件に、レイにフランチャイズ展開を任せたのだった。レイの異常なまでの熱意によって、フランチャイズ化は成功していくが、利益を追求するレイと、品質を重視する兄弟との関係は急速に悪化していく。レイはビジネスが機動に乗るにつれ、自分がマクドナルドの創業者だと語るようになったのだ。


 レイはビジネスのために全米を飛び回る中、ミネソタ州でレストランを経営するロリー・スミスという男性に会った。あろうことかレイは、ロリーの妻であるジョアンに一目ぼれしてしまった。そしてジョアンもまんざらではない様子で、二人の関係は親密になっていく。

 
 しかしフランチャイズ化の成功によって、レイは別の問題に直面するようになっていった。マクドナルド兄弟との契約の都合で、フランチャイズ店の利益を掌握していないレイは、資金難に悩ませられるようになったのである。フランチャイズ店のオーナー達もまた、予想以上のコストに苦しめられていた。特にミルクシェイク用の大量アイスクリームを冷凍保存するための費用は莫大なものだった。レイの苦悩を知ったジョアンは、「粉状ミルクシェイクを使用してみてはどうか」と提案した。レイは、この案をすぐさまマクドナルド兄弟に持ち込むが、ミルクシェイクの品質が低下するという理由で、それを却下したのだった。契約に縛られているレイは引き下がるしかなかった。
 

 月日が経つにつれ、レイの借金は雪だるま式に増大し、銀行に借金の返済猶予を願いでるが断られ、担保にいれていた自宅の差し押さえが、もう目の前に迫っていた。そんなときだった。レイは、飲食業界で有名な財務コンサルタントであるソネンボーンと知り合った。レイから相談を受けたソネンボーンは、苦境を打開するための悪魔のアイデアをレイに与える。それを実行に移せば、マクドナルド兄弟との亀裂は修復できないものになるのは明らかだった。やがてレイは、自分だけのハンバーガー帝国を創るために、兄弟との全面対決へと突き進んでいくー。最終的に、ビジネスの邪魔になっていたマクドナルド兄弟との契約を270万ドルで破棄し、兄弟にマクドナルドの看板を降ろさせて、正式にレイが創業者となったのだった。


 成功のためには手段を選ばず、競争社会を楽しみながら、いきいきと人を蹴落としていくレイの姿は、狂気そのものだ。欲望を満たす為に、長年寄り添ってきた妻とは離婚して、人の妻を自分のものにする。ビジネスでは、他人が作ったスキームを乗っ取ってのし上っていく人間の感情を失った冷酷な姿は、まさにサイコパスのようだ。レイと兄弟の対立が決定的になって、マクドナルド兄弟を叩き潰すシーンは、共感はできなくとも、どこか応援してしまうような複雑な感情にとらわれる。この映画を観終えると、本当にレイが、マクドナルドを「創業」した英雄といえるのだろうかー、という疑問がわきあがる。


 ケヴィン・ダットンは、その著書『サイコパスー秘められた能力』で、大企業のCEOになるような人は、サイコパス的な性格を有しているとその精緻な分析力で証明している。それは、そのポジションにいくような優れた才能を持っている人は、共感能力が完全に欠如し、常に合理的な選択ができるのだという。共感能力の欠如によって、そしてその秀でた知能によって、ときに周囲からは冷酷に見えるかもしれないが、会社を正しい方向に導いているのだ。経営者ともなると、サイコパスと呼ばれるまでの冷酷さが必要なときがあるのだろう。収益を生まない部門なり、人員なりについては、冷酷なまでに切り捨てなければ、会社そのものが存続できない。慈善事業でもない限り、これはどこの会社でも起こりえることだ。

 レイもまた共感能力が著しく欠如しており、マクドナルド兄弟の感情は、自分の目標を達成するうえで、取るに足らないものであったに違いない。映画でもそのシーンは、観た者の脳裏に鮮明に焼きつくことだろう。レイは、コンサルタントからのアドバイスに対して、悩むよりも何よりも、それがいかに合理的で価値があるかということを実感しているようであった。

 ただ筆者は、マクドナルド兄弟のことを思うと、胸が痛くなった。革新的なアイデアと仕組みで店を設立し、収益もあげていたのにも関わらず、歴史に名を残したのはレイだけだからだ。別の見方をすれば、共感能力の重要性を改めて知らしめた映画とも言えるだろう。もちろん兄弟が手にした270万ドルは少なくはないんだが。

 
 いままで電車でハンバーガーを食べている人を見かけると、無性に腹がたったものだったが、これからは何日も食事を取っていないのではないか、餓死寸前なんではないかなど、共感能力をフル活用して観察しなければと思ったところで筆をおきたい。